源氏物語(巻九) 瀬戸内寂聴訳     2021年1月8日 (金)







 源氏物語「巻の九」の帖は、源氏物語五十四帖のうち、四十八帖 「早蕨」、四十九帖 「宿木」、五十帖 「東屋」の三帖である。(写真は左から表紙、扉、「宿木」「東屋」)の口絵)
 この巻は、前巻に引き続き宇治の八の宮の姫君たちの物語で、その概要と読後感は次の通りである。

四十八帖 「早蕨(さわらび)」(薫25才)
 父八の宮と姉大君の二人に先立たれ、ひとり淋しく宇治の山荘に残された中の宮は、新年になっても気分が晴れず沈み込んでいる。薫は矢張り大君が忘れられず中の君同様新年になっても悲しみに沈んでいる。

 匂宮は一日も早く中の君を京に移すつもりでいるが、.中の宮は今更思い出多い宇治を捨てがたく、また京での暮らしの不安を思い嘆き迷い続けている。しかしいつまでも宇治に居るわけにもいかず2月上旬に京に行くことになり、.薫は後見の役を引き受けて引っ越しに必要な用意万端を整えるのだった。

 いよいよ引っ越しの前日、薫は宇治を訪れる。亡き大君を偲んで泣きぬれている中の宮と久し振りに対面して話し合う。中の君は薫の以前に増した美しさ、立派さに驚く。薫の方は中の君の顔つきなどが大君に似てきたのを見て、匂宮のものとしてしまったことを悔やむ。弁は宇治に残る覚悟で出家しており、薫は弁と共にこの世の無常を嘆き合うのだった。
 中の君は京へ出発したが、初めて経験する道中の遠さ、険しさに匂宮が宇治に来ることのどんなに困難なことだったかを実感して納得するのだった。

四十九帖 「宿木(やどりぎ)」(薫25才〜26才)
 今上帝には東宮時代に入内していた藤壺の女御が居たが、後から入内してきた明石に女御との間には、東宮と女一の宮、匂宮、中務(なかつかさ)の宮などが生まれたが、藤壷の女御との間には女二の宮しか生まれなかった。
 藤壷の女御は女二の宮が十四才になり、御裳着(もぎ)の式の準備をしている頃、物の怪に苦しめられ亡くなってしまった。
 帝は有力な後見人のないままでは女二の宮の将来を案じられるとして、薫を婿にしたいと思いそれとなく話を進めているが、薫は帝の婿になるのは光栄だが、大君のことがまだ心を占めていてあまり乗り気でない。

 夕霧の右大臣は娘の六の君を以前から考えていたように匂宮に縁付けようとしていた。明石の中宮も夕霧に口説かれ、その縁談を匂宮にすすめたこともあり、翌年8月に式を挙げることになった。その頃妊娠していた中の君は匂宮が六の君に心を移し、自分は捨てられてしまうしまうのかと嘆き悲しむのだった。

 中の君は宇治に帰りたく思い、薫と相談しようと、八の宮の法事を立派に行ってくれたという礼状を出したので、薫は中の君を訪れる。薫は中の君への恋情を抑えかね御簾の中に追い迫って綿々とかき口説くので、中の君は信頼しっきっていた薫の横恋慕にどう対処していいか分からず泣くばかりだった。
 薫は中の君の腹帯に気付き妊娠していることが分かり、それ以上の振る舞いは思い止まった。しかし中の君がますます大君に似てきているので、更に思いを募らせるのだった。
 帰宅した匂宮は薫の匂いの移り香が中の君にしみついているのに気づき、二人の仲を疑い詰問するが、中の君は言い訳のしようがなく泣くばかりだった。
 しかし匂宮は中の君のいじらしく泣く姿に却って愛情がつのってきて、急に中の君の身辺が心配になり、しばらく中の君のいる二条の院に籠って六の君の居る六条の院へは行かなかった。

 薫は帝からの縁談を断り切れず女二の宮と婚約する。その後、薫がまた中の君を訪れた時、中の君は薫の気持ちをそらせるべく姉大君に非常によく似た妹が居て訪ねて来たと思いがけない話をした。
 それによると八の宮が女房に産ませた娘だったが、八の宮が自分の子として認知しないので、女は怨んで他の男の妻になり、夫に従って長く地方に下っていたという事だった。しかし薫は中の君が自分の心をそらせる口実だろうと考えるのだった.。

 9月になって薫は宇治に行き、弁の尼に中の君に聞いた異母妹のことを尋ねた。弁は八の宮の妻が亡くなった後、中将の君という女房づとめの女に手を付けたが、女が娘を生んだので、面倒を案じてその女と縁を切ってしまった。
 女は身の置き所が無くなり、生まれた子を連れて常陸の守の妻になった。そして夫とともに長く下向していたが、最近京に戻りその姫君が中の君を尋ねたといううわさを聞いたという。
 薫は、それなら大君に似ているだろうと思い、.もし姫君が来たら伝えてくれと頼んだ。
  翌年2月に中の君は男御子を無事出産した。匂宮ばかりでなく帝や中宮も大喜びだった。

 その月の20日過ぎ、薫はいよいよ女二の宮の婿となり、宮中に通うことになった。また権大納言に昇進し、右大将も兼任する。しかし宮中に住むことは気づまりなので、4月始めに三条の宮に女二の宮を迎えることにした。当日夜、女二の宮は美々しい行列で三条の宮に降嫁し、薫は自分の幸運を得意に思いながらも、まだ大君を忘れる事は出来ないのだった。

 4月20日過ぎ、宇治に行った薫は、たまたま初瀬詣での帰りに山荘に立ち寄った八の宮の三女浮舟を垣間見てしまう。覗き見されているとも知らない浮舟の面影はあまりにも大君に似ており、薫はすっかり感動した。
 その後の弁の尼との対面の時、浮舟の母との話し合いの結果を問いただした。浮舟はせめて亡き八宮の墓参なりをしたいと宇治に来ており、浮舟の母は、薫の意向を聞き勿体ない身代わりだと喜んでいたと弁は伝えた。

五十帖 「東屋」(薫26才)
 常陸の守のところは先妻の子も多く、後妻の北の方にも子供が生まれていたので、連れ子の浮舟を他人扱いにして冷遇しがちだった。
 北の方はそれを苦にして、何とかこの姫君にいい結婚をさせたいと思っていた。この浮舟は美しく自然に備わった気品があるので、母君としては連れ子として差別されるのが不憫でならなかった。
 常陸の守は財力もあり、娘たちを、京の姫君に負けないようにと育てていたので、懸想文を寄こす者も多くいた。その中で左近の小将という者が人品が卑しくなく、しっかりしている様に見えたので、この男なら浮舟の婿としてもいいだろうと、母君は手紙の取次ぎをし、二人の仲を取り持った。
 少将は熱心に言い寄り、母君も縁組を八月頃と決めて婚礼の用意をする。ある時母君は仲人に浮舟が連れ子であることを話したが、それを聞いた少将は常陸の守の財力と助力を目当てにしていたので、常陸の守が疎んじている継子と知って怒ってしまった。仲人は浮舟の代わりにまだ少女の常陸の守の娘を取りもって相手を変えて縁組をすることにしてしまった。
 それと知らぬ母君のところに常陸の守がやって来て、自分の娘と少将の結婚話が整い、約束の日に少将が通ってくると告げた。
 母君はすっかり動転し、中の君に浮舟の身柄をしばらく預かってほしいと頼み込み、二条の院の西の対の人目に付かぬところにかくまって貰うことにした。

 母君と浮舟は乳母と、三人の女房を連れて中の君のところに身を寄せた。二、三日滞在した母君は匂宮をかいま見て、そのあまりの美しさに驚嘆する。その時、従者の中にまじっていた左近の少将の姿も見付け、その貧相な卑小な感じに、こんな男を婿に望んでいたのかと恥ずかしくなる。
 また母君は、訪ねて来た薫をもかいま見て匂宮に劣らぬ立派さ、美しさに驚き、身分が違い過ぎてこれまで薫からの浮舟を大君の身代わりにという申し込みを本気に考えていなかったことを悔やみ、その仲立ちを中の君に頼み込んで帰って行った。

 匂宮は、宮中から帰宅して邸内を歩いていて、ふと西の対にいる浮舟を目にとめ、その美しさを見てその場で寄り添い何とか女を自由にしようとする。気丈な乳母はその有様を見つけて匂宮を何とか追っ払おうとするがうまくいかない。
 そこへ明石の中宮のお加減が悪くなったとの使いが来て、匂宮はしぶしぶ浮舟を手放し、宮中にお見舞いに行った。母君は乳母から事情を聞き、慌てて浮舟を引き取って用意していた小さな家に隠した。

 弁の尼は薫に頼まれて京の隠れ家に出向き、浮舟に薫の意向を伝えた夜、突然薫自身がその家に忍んで来て浮舟と一夜を共にした。浮舟の可憐さ、美しさに満足した薫は、翌朝浮舟を車に乗せ、弁の尼と女房の侍従だけをお供として宇治に連れて行った。
 浮舟は運命に流されて、自分の意志ではなく宇治に住み着くことになる。

top↑

[読後感]

 この巻は、前巻に引き続き、宇治の八の宮の姫君たちの物語である。大君が亡くなっており、中の君と新しく登場する末娘浮舟を中心にした物語で、浮舟が登場する顛末、薫と匂宮がその二姉妹を巡っての行動や心理描写が細かく描かれている。

 薫は中の君を匂宮に引き合わせながらも中の君が大君に似て来たので、後悔し恋情を抱くようになる。一方後見としていろいろ世話を焼くが、匂宮が六の君と結婚して中の君から手紙を貰ったのを機に訪問し、強引に寄り添ってしまう。しかし妊娠しているのに気付き、それ以上は思い止まってしまう。

 この描写にも薫の真面目さ、神経質さが良く現れている。匂宮だったならそれに拘泥せず、目的を果たしてしまうだろうと思わせる。また、女二の宮の婿となった薫が、中の君の若君を見た時、もし大君が世間並みに自分と結婚し、こんな子供でも残しておいてくれたのだったらなどと考えて、天子の娘という光栄な結婚をした女二の宮に、早くお子が生まれればなどとは思い付きもしないのはあきれ返ってどうしようもない。
と紫式部は辛辣に書いている。そしてそのすぐ後、帝がとりわけ親しくされるのは政治面などは優れているのだろうとフォローしているのは言い過ぎたと思ったのだろうか。

 そしてその後、匂宮が浮舟を見初めて自分のものにしようと思うがうまくいかず、薫は浮舟と一夜を共に過ごし、そのまま浮舟を宇治に匿うことになった。物語は薫と匂宮の恋のライバルと浮舟が今後どうなるのか、すべてが最終の第十巻で明かされるのである
 

top↑   

(写真をクリックすると大きくなります)

(以下次号)