イバイチの奥の細道漫遊紀行

[ 山刀伐峠 ]

H21-11-1 作成

封人の家

 鳴子峡から中山平温泉を通り、出羽街道遊歩道を林間に垣間見ながら国道を車で堺田封人の家に向かう。封人の家とは辺境を守る家のことで代々堺田村の庄屋だった有路家により約300年前に建てられ家屋であり、国の重要文化財に指定されている。国境の役屋であると共に問屋,旅篭の機能を備えており、芭蕉等はここに宿を求めたのだが生憎立て込んでいて近くの家に泊まったそうである。

 おくのほそ道によると 「漸として関を越す。」 の後 「大山をのぼって日既に暮れければ、封人の家を見かけて舎を求む。三日風雨あれば、よしなき山中に逗留す。」 とある。この封人の家の庭先に「 蚤虱 馬の尿する 枕もと」 の大きな句碑がある。昭和36年最上町の建之で小宮豊隆の書と碑裏にある。この辺りは小国駒という出羽随一の馬産地であって、昭和初期まで軍馬の供給地だったそうである。昔から馬は家族同様に扱われ母屋の中に馬小屋があるのが当たり前になっている。

 封人の家でも土間を隔てて3つの馬小屋が設けてある。しかし旅人は土間ではなく座敷に寝かされるのだが、同じ屋根の下に馬が生活しているのでこの句が出来たとの意見がある。またこの句の初案は「泊船集」(元禄11年刊)にある「蚤虱 馬のばりこく まくらもと」だったという。「尿する」は尿前の関にかけて「しとする」と読むという説と、一般的に「ばりする」と読む説があるが、これでいくと「ばりする」が正しいことになる。

 芭蕉はここで風雨の2日間を過ごし、快晴になった3日目に案内人を雇って山刀伐峠を越えるのだが、当時尾花沢に向かう本道は、出羽街道(国道47号線)を堺田から向町(最上町)に出てそこから山道に入り、満沢という部落を経て尾花沢の岩谷沢に抜ける背坂(せなさか)峠越えなのである。しかし堺田に滞留中にこの経路が遠回りであることを知らされたとみられ、急遽山刀伐峠越に変更した。曽良旅日記の 「小国ト云ヘカヽレバ廻リ成故」 は向町経由の背坂峠越えについて記したものであり、現在は寂れてしまったこの経路が当時は尾花沢への一般道で多くの人馬が往来していたのである。

 山刀伐峠の意味は、山刀で茂った木を伐採しながら行かねばならないけわしい峠のせいかと思ったが、そうではなくこの地方には山刀伐(なたぎり)という樵人の冠り物があり、峠の恰好がそれに似ているところから言われるのだそうである。封人の家にその山刀伐という冠り物が展示してあったが烏帽子みたいであり、峠と形状が似ているかどうかなど判らなかった。

山刀伐峠

 封人の家を出る頃から雨が降ってきた。10分ほどで山刀伐峠の分岐に到着し県道28号線に入る。さらに10分ほどで山刀伐トンネル入口に着く。そこから旧道を峠に向かったが車のすれ違いが出来ない細道が続き、峠間近にやっと少し広い道になりほっとする。峠には広い駐車場があり、ローマ字で「NATAGIRI PASS」との標識と「歴史の道 山刀伐峠」の解説板がある。

 そこから少し離れて「旧峠まで100米」との小さな木の案内標識があったが、雨が強くなり草の生い茂った細い径を行くのも嫌でそのまま峠を降りた。後で調べたら峠上には「芭蕉山刀伐峠越記念碑」というのがあり、そこには加藤楸邨筆の 「高山森々として一鳥声きかず----」 というおくのほそ道の一節が刻まれていたのを知り残念に思った。峠は尾花沢市に所属しており、そこから尾花沢側の道巾は比較的広く安心して運転できた。

 今は県道には山刀伐トンネルがあり簡単に抜けられるが、芭蕉の頃は荒れ果てて山賊が出ると言われた山道で、封人の家の主人から案内人の若者を附けてもらいやっとの思いで越えた。 おくのほそ道によると 「あるじの云、是より出羽の国に、大山を隔て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼て越べきよしを申。さらばと云て人を頼侍れば、究竟(くっきょう)の若者反脇指(そりわきざし)をよこたえ、樫の杖を携て、我々が先に立て行。けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれと、辛き思ひをなして後について行。あるじの云にたがはず、高山森々として一鳥声きかず、木の下闇茂りあひて夜る行がごとし。雲端(うんたん)につちふる心地して、篠の中踏分々々、水をわたり岩に蹶て(つまづいて)、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出づ。」 とある。
 芭蕉は、宿の主人の勧め通り道案内と荷物運搬のために 「究境の若者」 を道連れにして峠越えを果た。若者は、芭蕉と曽良の護衛のため 「反脇指をよこたえ」 ていたのである。更に 「かの案内せしおのこの云やう、此みち必不用(ぶよう=厄介な)の事有。恙(つつが)なうをくりまいらせて仕合したりと、よろこびてわかれぬ。跡に聞てさへ胸とゞろくのみ也。」 と何事も無く山越えをした安堵感を記している。(写真は尾花沢側の峠上り口) 
  (H14-10-16訪)

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注2) 青字は「おくのほそ道」にある句です。
注3) 
緑字は「おくのほそ道」の文章です。



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